Part 2 :
観光日
“Much Ado About Nothing”
↑交番。
US Armed Forces Recruiting と書いてある。
↑布団で練習をするChocoさん、
椅子の上のNietonoさん。
手前ベッドに座っているのがTenuheさん。
↑運び込まれる
Splatoon 試遊台。
WiiU勢は、余裕を持ってエントリーを済ませ、名札をゲット完了した。今回の名札は、また素材がハイクオリティになっており、成長したApexの姿を手で理解することが出来た。裏面には twitch, Nintendo の名が誇り高く連ねられ、一大イベントの匂いが漂っていた。しかも今回はロゴが aMSa さんである。これほどの大会に遠征しに来たのだ、と日本勢の士気は自ずと昂った。
NY観光組は、さして明瞭な成果を1日で得たわけではない。ただ曖昧に、大きな街で逍遥游して従容とした気分になっただけである。しかしその市街で吸った大きな気は、ここの士気高揚と融和して、より大きく・よりアメリカンな気合へ昇華して行ったのであった。
「明日からApex…」ホテルに流れる戦意のこもった重い空気が、プレイヤーたちに語りかけてきた。日本勢は遠くから飛んできた訳だし、アメリカ勢も文字通り生活を懸けてここに馳せ参じた者もいる訳である。
次の日は朝早い。日本勢は、皆遅刻だけは免れるべく、かなり早めに就寝した。
次の日、朝。なんか6時くらいに目が覚めてしまった。今回の遠征で初めて迎える朝。北緯が北海道くらいあるため、朝日が低くてまぶしい。既にホテルに到着しているプレイヤーたちもいるが、流石に朝が早くて、廊下に出ても静かであった。
私以外のプレイヤーも寝ているため、部屋の中も閑然としている。到着した時に Penn Station NY でRecessなどのチョコおやつを大量確保しておいたため、朝ごはんにはそれをボリボリと食べていた。同様におやつを朝ごはんと為していた人も多かったが、その他の皆さんは意外と我慢出来たようで、昼ごはんまで待つという選択肢を取った人もいた。
さて、今日は大会前日ではあるが、一定のメンバーは、折角なので、ニューヨーク(以下NY)の観光を企てていた。急遽集めたメンバーで、急遽考えたコースで、勢いだけでホテルを出た。LOKI さんはカナダ留学時代にNY市街に来ていたようなので、とりあえず心強く、勢い組は背中を押して貰えた。
無謀にもNYを目指したスマブラーたち。アメリカ経済の心臓を見れば、少なからず何かが得られるのではないかというささやかな希望。そこでホテルを出た瞬間に、なんとNintendoの新作発売予定ソフト:Splatoon の試遊台が運ばれる所に遭遇した。(ApexはNintendoさんがスポンサーに着いているため、こういう試遊台が現れる。)幸先の良いスタート。我々の冒険は始まった。
NY 突入
NY観光行きのメンバーは、Tenuheさん・DAMUさん・So-tenさん・LOKIさん・Shippuさん・Sobameshiさん・あと私、である。7人で観光という、結構な大所帯である。
目的地は、3つ。
Times Square
Central Park
Metropolitan Museum
である。贅沢なコースにした。
まずはバス(来た時と同じモノ)に乗り、NY市街に出る。バスは、ハドソン川の地下トンネルで渋滞に捕まったが、そこを抜けると、NYマンハッタン島の 42nd st. Port Authority 駅に出る。ここは電車・バスが総合的に入り込む、junction である。
そこから地下鉄に乗り、Times Square 駅で降りた。交通機関は、どうしても日本国内では丁寧なため、アメリカで急に乗ろうとしても勝手はきかない。しかしここはLOKIさんが地下鉄の経験があったため、物事が簡単に進んだ。
地上に出た。到着日ほどは寒くなかったため、わりと気楽に歩くことが出来る。ただ、信号のノウハウも違うし、路上には地図も無いしで、目的地探索は不安に満ちたものとなった。
↑左から、
So-tenさん,LOKIさん,DAMUさん,
Shippuさん,Sobameshiさん
↑地下鉄を降りて
地上に顔を出す。
←Times Square到着。
↑なんか寄ってきた。
歩くこと暫く。目的地その1. である Times Square に至った。歩道にはまだ雪が残っているというのに、このTimes Squareには一切雪が残っておらず、白点一つ見当たらない。それだけ人が行き交うということなのだろう。
この交差点は、世界の繁華街の象徴とも言って良い。マンハッタン島 42nd st. - 7th ave. に位置し、ブロードウェイ劇場街と面積を共有する。昔からコカ・コーラの広告が出ているイメージがあると思うが、それも今は電子広告となっている。NY市街を歩いた全体的な感想としても、この街は巨大なデジタルサイネージが多いというものがある。写真にも見えるライオンキング・SAMSUNG・LGといった広告は全て映像であり、動的な活気が観光客の目に訴えてくる。このTimes Squareに広告を出すことは企業の名誉であり、それ故に最先端の広告を動画で出すほどの価値があるということだ。
そんな Times Square に見とれていたら、変なきぐるみの集団につかまった。かなり無理矢理、記念写真を撮らされ、チップを要求された。各人、$1だけ払って逃げた、はず。Times Square はこういうところも油断ならない。
しかし驚いたのは、その真横に交番があったところだ。警察…これ取り締まってくれよ…と思ったが、これを取り締まってもキリがないのかもしれない。皆さんも、NYに来たら自己責任で頑張ろう。
で、この交番は “U.S. Armed Forces Recruiting Station” と書いてあるのだが、つまり軍の志願者募集の窓口も兼ねているのだ。アメリカ軍は、ご存知現役で色々活動をしているため、人材をこのようにわかりやすく募集している。業務も陸海空に海兵隊と、多種多様ですぞ。地元の警備配置から前線まで、段階分けもある。
早速社会・文化の違いに直面し、「なるほど、来てよかった」と思えた。こういう教訓は、やはり遠征しないと得られない。
↑50ピース
チキンマックナゲット
↑Times Squareマクドの中から。
外の景色が見える。
時間も頃合いだったため、我々は Times Square のマクドに入って、昼飯とした。店員の発音が本格的に聞きづらいし、店内はなぜか小学生のガキ集団でうるさいしで、7人の注文は困難を極めたが、無事食べ物を持って2階席へ到着した。
流石に Times Square のマクドとあって、オシャレな窓になっていた。外の景色が一望できる。向かいにはやはり電光掲示板があり、動画広告が終始流れている。広場を行き交う観光客を上から見下ろすことも出来る。
それを眺めつつ、我々はTenuheさんの注文した50ピースのチキンマックナゲットをつまんだ。一人7ピースも頬張ることが出来たが、それでも割りと多いと感じた。ちなみに、右上写真にある50ピースチキンマックナゲットの荘厳なケースの横に立つドリンクは、Sサイズである。
↑NY地下鉄
車両
↑NY地下鉄の駅、
改札的な場所
マクドも食べたことだし、再び地下鉄に乗り、7人衆は移動を開始した。NYの地下鉄は、左上写真にあるように、出入口は鉄格子である。空港からの往路で乗った NJ Transit は、Secaucus 駅で普通の改札口の形を見せてくれたが、NY市街はここまでセキュリティを頑丈にしている模様。
ホームに突入してくる地下鉄も、轟音を立ててくる。しかも乗り込んだ日本勢全員が、その加速度の立ち上がりに面食らった。改札や天井、そして車体も金属むき出しな味を漂わせている。これが、汚くて無機的な、アメリカ市街のありのままの姿なのだと思う。Apexが行われているような自然の絨毯がある郊外を “スノーマン” とすると、NY市街はやはり “フォーサイド” という感じ。
81st Street 駅で降りると、日本勢は次に、目的地その2. Central Park に向かった。
↑Central Park内から撮った
American Museum of Natural History
とTenuheさん
↑駅を降りた所にある:
American Museum of Natural History
地下鉄の81st Street 駅を降りると、まずはアメリカ自然史博物館(American Museum of Natural History)がそびえている。博物館の前にある騎馬の銅像にはセオドア・ローズヴェルトの名が刻まれている。School Bus が停まっていたので、ここは今日は社会科見学に来ている小学生がいるのであろう。
その博物館の向かいが、NYのど真ん中に浮かぶ大自然領域:Central Park である。映画では Stuart Little とか The Mask とかで現れている。これまたNYの象徴なのだが、大都市に於いて公園とは特別な役割がある。ロンドン・NYといった有名都市は、これだけ近代的なモノクロの街であるにも拘らず、広域な公園をその中心に飼っているのである。この意識が、東京に新宿御苑や明治神宮といった自然空間を保持させている説すらある。この街と公園のコントラストは、大都市のステータスの一部なのである。(なお、新宿御苑は陰陽五行的な別の役割を持っているという噂もある。)
↑Central Parkの広大な敷地は、
雪一色
↑Central Park内
至る所にある幟
↑リス
(Squirrel)
↑Central Parkの豊かな水
…は凍っている。
Central Park はとりわけ大きい公園である。南北4km・東西0.8kmである。日本勢は、この800メートルを横切る予定でいた。写真や映画で見る際は、このオアシスが緑で染まっている様子をご覧になるものなのだが、今回は日程が日程だったため、このように銀世界となっている。ナルニアの『ライオンと魔女』のロケをやったと言われても信じるばかりの、一面雪の森であった。
本命、メトロポリタン。
↑扉無し。
↑トイレ。
途中、トイレがあったため、立ち寄った。マクドのトイレが混んでいたため、私もここでようやく行くことが出来た。しかしなぜか、男子トイレは個室の扉がついていなかった。
↑1.Shippuさんが、
↑2.こう乗って
↑3.こうなる
こちらは、公園でのShippuさん画像。公園に落ちていたダンボールに乗って、スノボーしようとして、途中でころげる様子。
多分、他の誰かが既に同じ遊びをしたから、このスノボー用ダンボールは落ちていたのだろう…。
こうして歩くうちに、横幅800メートルの公園は次第に終端を見せ始めた。向こう側の道路が視界に入ってきたのだ。雪単色であった景色に、通行人とビルのテクスチャが混ざり始め、雪を踏む音がみしみしうるさかった空間も、自動車のガス音と都会の喧騒に侵食されてきた。NYという大都市にありながら、確かに Central Park という浮島は、プレイヤーたちを一時の限り静寂で潤わせてくれた。
公園を抜けた先には、石造りの巨大な建造物が見えた。左上の写真で頑張って撮ろうとしたが、カメラアングルに入りきらない。平日昼だというのに人は絶えず出入りし、正面ゲートの前に並ぶ路上の屋台は威勢よく声を出している。あまり除雪には力を入れていないようで、建物の周りには汚れた雪溜まりが散らばっていたが、入口付近の雪はすっかり解けており、見上げるほどに高い乾いた石段が、スマブラー一行を中へ誘った。
メトロポリタン美術館。今回の目的地その3.である。
1872年開館、300万点以上のコレクションアイテムを誇るこの私立美術館は、大英博物館・ルーブル美術館と並び世界最大級のサイズであり、1日で全てを巡るのは困難である。その建造物たるや、劍閣は崢嶸として崔嵬たり。雲に頭を隠すビルが並ぶマンハッタンにあって、一切見劣りしない。また、展示物のバラエティがあまりに豊穣であることでも知られ、世界を股に掛けるアメリカの万能性を誇示する美術的象徴である。
とりあえず、荷物チェックを受けて入館した。そこから入館料を払うのだが、ここのルールが面白い。右上写真 “Admissions” にある値段が入館料で、例えば私は Students で$12である。ただし「この額以下で払ってください」ということになっている。来場者は、誠意に応じて好きな額を払えば良いのであって、$0 でも $6 でも $12 でも良い。アメリカは芸術・スポーツに企業が金を出すことを促す法律と、文化があり、おそらくメトロポリタンともあればその寄付金で運営はやっていけるのであり、入館料はプラスアルファでしかないのだろう。
そして設備が充実している。中央の受付には日本語ガイドブックがあるし、日本人の案内人もいる。館内を歩いていたら白人のガイドから「東京から来たんですか?」と日本語で挨拶されるし、一流の待遇を感じた。英語を喋れるとはいえ、私は日本人なので、異国の地で母語で話しかけられれば本能的な安寧を覚える。東京オリンピックも「おもてなし」をうたうのであれば、せめて英語での接待は必須だと思う。
↑メトロポリタン美術館の
荘厳な正面。
↑入館料
↑ギリシャ・ローマの
彫刻部屋
↑マルクス・アウレリウス・アントニウス
とSobameshiさん
早速、我々は中に入った。まずは正面入口から左側の彫刻エリアである。これだけ多くの大理石彫刻が並んでいる所を見るのは、日本では不可能だろう。エンタシスが並ぶ石造りの空間に、ギリシャ・ローマのクラシック作品が集うというのは、なんとも贅沢である。そして陽の光をひくまぶしいライトアップが、温かい部屋とあいまって、妖艶な雰囲気を醸し出す。
また、ご存知無いかもしれないが、海外の美術館は基本撮影OKである。
↑中世ステンドグラス
とShippuさん
↑ベネチアのベッド
とSobameshiさん
↑鎧の部屋
↑ガラスの部屋
吹抜。
↑尾形光琳の『八橋図』
を見るDAMUさん
↑エジプト
棺の部屋。
その後も、ふらふらと館内をまわった。外観だけでも唖然としたサイズの美術館であったが、あの底面積にして、2階建てである。回るべきところはいくらでもある。既に朝からNYを闊歩したため、プレイヤーたちの両脚には確固たる疲労が蓄積していたが、最後の観光スポットなので、残存体力は後先考えずに遊歩を続けた。
それにしても上手く設計された美術館である。明暗の部屋が交互に来るため、人を飽きさせることが無い。それでいて一定の自由度が有り、常にリズムをつけながらコーナーからコーナーへと移動することが出来る。
それを可能にするのは、このメトロポリタン美術館の多様性である。西洋の古代・中世のクラシックアートから、宗教画にルネサンス、男をわくわくさせる鎧の部屋(日本の兜・刀もある)、東南アジアやエジプト、更には東洋芸術(日本・中国)まで収容されている。
さて、我々が最後に赴いたのが、印象派エリアである。
↑ルノワール『ジョルジュ・シャルパンティエ夫人と子供たち』
とShippuさん&Tenuheさん
↑ルノワール『海辺にて』
とDAMUさん
↑ゴーギャン
『イア・オラナ・マリア』
↑モネ『蓮』
とSobameshiさん
↑モネ『ポプラ、4本の木』
とDAMUさん
↑ゴッホ『麦畑と糸杉』
↑ゴッホ『子守唄、(以下略)』
とSobameshiさん
実はこの絵は昨年、ジャポニズム展で見た。
↑奥:スーラ『サーカスの客寄せ』
DAMUさんとLOKIさん
↑スーラ『グランド・ジャット島の日曜日の午後、最終習作』
とSobameshiさん
事実上、私がこの美術館で印象派を見たかったがために、この観光は計画された。そのために6人にはついてきて頂いて、感謝するしか無い。
渇望していた歴史的名作を肉眼に入れることが出来た際は、自分の中の池に疲労として群がって浮かんでいた水鳥が一気に飛び立って、スッと水面が澄んだような心地になった。ゴッホ『麦畑と糸杉』を見た時はひとしおで、「もうApex無くてもいいや…十分旅費のもとは取れた。」とまで心のなかではこみ上げた。まだ疲れていそうだった日本勢には、重ね重ね申し訳ない。
写真という技術が生まれた時代を生きたこれらの画家は、想像を絶する時代の分流にぶちあたったことだろう。ドラロッシュは「今日を限りに絵画は死んだ」とまで言及したのであるし、ゲーム新作・バランス調整といった事案を超えたパラダイムシフトを経験したはずである。サロンでの競売というのも、歴史で類を見ないイベントであり、社会的な変化にも付き合ったのかと思うと胸が痛む。
モネとゴッホには、大きな違いが有る。共に現代日本では人気の高い二人だが、その生前の評価は真逆のものである。それは何の違いなのであろうか。絵というスキルの他に、見ていた世界、浴びていた名声に天地の差がついているのは、なにが異なったからだろうか。そして、それら生前評価の隔たりがあった結果、彼らの目に映る景色はどのように異なったのだろうか。
同じく絵の道を極めようと志そうとも、得られる見返りは同じでは無い。悲劇の画家ゴッホと、後世のピカソを比較すれば、その差は人間的・社会的な要素と無関係では無いと言えるだろう。彼ら印象派が、我々ゲーマーに語りかけてくるストーリーは、熟考する価値が有ると思う。なにか一つの道にいようとも、得られる楽しさは、勝利だけでは無いはずである。自分が応援していたプレイヤーが勝つという謎の興奮、動画で見ていた憧れのプレイヤーとの会話、偶然の邂逅、その後の人脈への繋がり。これらゲーム外な要因を無視していては、業界は永遠に乾燥したままになってしまうだろうし、周りから認められる・周りに誇れる業界にはなれないと信じている。
また、どうせゲームをするなら、ゴッホのように「引退後に評価されるプレイヤー」になるのは寂しいし、現役中も楽しい時間を過ごしたいと個人的には思うので、今回メトロポリタン美術館の印象派を見て至った思考には肝に銘じて生きようと思う。
↑ロビー。
So-tenさんとLOKIさん。
↑おみやげ屋、
にあった『クローディアの秘密』
というわけで、見たい絵も全て見たため、日本勢一行はホテルへ帰投することとした。念のため、お土産屋を一巡りしたが、確か誰もピンとくるお土産はなかった。私だけ、『クローディアの秘密』をこの美術館内で見つけることが出来て、恋い焦がれたような気持ちで足を止めた。昨年のApexからの帰り道、私はメトロポリタン美術館に寄りたいと思った訳である。その辺りの経緯は、昨年の旅日記 に粗末ながら述べてある。ああ、どうでもいい宿願を叶えるというのは、なんて晴々しい気分なのだろう。高揚する自分を感じながら美術館の出口をくぐったら、NY市街の突き刺さる寒さが全身を襲い、すごく冷静になった。
さて、電車で帰ろう。
↑Secaucus Junction,バス停。
スマブラfor3DSを遊ぶSobameshiさん。
↑NYの駅はストリートミュージシャン
がいっぱい。
メトロポリタン美術館からの帰り道。まずは 86th St. Station から、地下鉄に乗る。Grand Central Terminal 乗り換えで、そこから Times Square 42nd Street 駅まで行き更に乗り換え、おなじみの Penn Station NYへ。あとは空港からの往路と同じで、NJ Transit を用いて Secaucus Junction に至る。昨日とメンバーは違えど、同じバス停で “129” 号線のバスを待った。
バス停から見える景色は、心ばかり雪が減っていた。
↑Xzax
↑ホテル最寄りバス停を降りた景色。
夕方。
そして、無事ホテルに戻った。この頃にはもう17時であり、私のスマートフォンはFacebookからのメッセージがいっぱいたまっていた。他のプレイヤーたちも大体ホテルに到着したため、日本勢に会おうとコンタクトを取ってきたのであった。申し訳なかったが、私はNY観光を満喫していた。
ホテルに足を踏み入れると、日本勢のあまりに遅い登場に、あらゆるプレイヤーが声をかけてきた。また、この頃には Shimitake さんが日本部屋に合流していた。Shimitake さんは、この更に2週間前に西海岸に上陸しており、そちらの大会に出場していた。そのため他のアメリカ勢と一緒のお目見えであった。
というわけで、NYメンバーにAbadangoさんやShimitakeさんを加え、お腹の空いたメンバーと勇んで Subway に買い物に行った。北へ徒歩10分の所にあるのだが、雪道はやはりやさしくない。なんとかSubwayの店舗にいたると、おどろくべきことに、D1と遭遇してしまった。
私が不覚にも手ぶらで行ったため、何の記録もないが、
https://twitter.com/xD1x/status/560977234752978944
D1がツイートしていたので、その時の様子が残っている。
スマブラ界最強実況者のD1は、このApexを経て、twitch の人間になる。私も話すのはこのSubwayでの鉢合わせが初めてであったが、D1の方から「SHIGのアユハですね?」と訊いてきてくれたのには耳を疑った。畏れ多く感じた一方で、計り知れない喜びがあった。この夜食べたSubwayがやたらうまかったのは、フットロングにモツァレラチーズを入れたことだけの御陰ではない。
Subway からホテルへ戻ってみると、なにやら行列ができている。今回のApex2015では、前日からエントリー受付を開始しているらしい。Subway組が日本部屋へ戻ると、他の皆に呼びかけ、ロビーへ受付に参った。
夕方のホテル。
↑Nairo。
↑行列のできるロビー。